オチェアーノ - 情報の海に溺れて

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オチェアーノ-情報の海に溺れて

情報漏えいの事例など、情報セキュリティ意識を高めるブログ

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行き過ぎた個人情報の取り扱いとネットの発言に、待ったをかけたい

個人情報があまりにも軽視されていないか?

今年に入ってからの文春砲はメガトン級のものばかりでした。甘利明経済再生担当の政治とカネ問題、ベッキーとゲス極み川谷の不倫疑惑ライン流出。

デカいの連発で来たなーと思っていたら今度はイクメン宮崎議員のゲス不倫流出と、文春砲絶好調。もちろん悪いことを暴くのがジャーナリズムだって使命に燃えるのはいいんだけど、最近の風潮は少し怖い。

何が怖いって、ネットというひとつの世論が巨大になってきていること。そして、それらが時として人を極限にまで追い込んでしまうんじゃないかっていう危惧。たったそれだけ。ヤフーコメント欄とかを見ると、確かに気持ちはよぉく分かるんだけど、少し怖じ気づいてしまう。

 

昔からネットに存在した、祭りという個人情報漏えいイベント

長らくインターネットを利用してきている人であれば、いくつかネット上で”祭り”と呼ばれる事件をご存知なのではなかろうか。なんたらバーガー事件とか、なんたらを守る会とか、独自ドメインに本名を晒してしまっていた某まとめブロガーの情報流出事件とか。

挙げたのは一例で、ネット上には上記のような祭りが溢れている。それらの祭りでは、漏えいした情報を元に様々な情報を類推、リサーチして裏付けをとるという一連の作業が不特定多数の人間によって行われる。

ネット上に聞かれてもいない個人情報をアップロードする人達は、得てしてSNSなどでも自分のプライベートについて様々な情報を公開してしまっているケースが多い。そのため類推しやすく裏付けもとりやすいという危険性がある。

もちろんこうした祭りになるのは大抵は大企業であったり、他人に危害を加えたり中傷するような人間だ。特にネット上で人を傷つける人間が少しでも弱み(情報漏えいなど)を見せたら、そこに付け込んで徹底的に追い込んでやろうという気持ちを持つ人が多いのも分かる。だって人間だもの。

私達は人間だ。理性がある。

でも、そこでやり過ぎてしまうと結局追い込んだ人間と同じ穴の狢になってしまうということに気づいてほしい。ネット上で中傷して人を傷つけたその人物と同じか、それ以上にきついことをこうした祭りでやっているということに気づいてほしい。

中には、「そんなことは知っている。分かっていてやってるんだ」とか、「別にこんな人間どれだけ中傷されようが個人情報を晒されようが何とも思わない奴だ」とか、思う人達もいるだろう。その気持ちもよくわかる。

でもそれってある意味私刑であって、結局のところは自分の感情に任せて行っている行動だ。他に不特定多数の人間が同じ気持ちを感じていたとしても、それは晒しに代表されるような迷惑行為を行って良い理由にはならないはず。

やっちゃうのは簡単だ。でも、やっちゃう前に一度ぐっと考えて、”本当に個人情報を晒して良いんだろうか?”ということを考えてほしいし、考えられるのが人間だ。問題を混ぜないようにしよう。例えどれだけネット上で悪口雑言の限りを尽くしている人間だったとしても、ある個人についての個人情報(卒アルとか)を晒して拡散してしまうという行動は賞賛されるべきではない。

個人に対する匿名且つ不特定多数での攻撃

ここ最近で言えばベッキーとゲスの極み乙女川谷の不倫疑惑が話題になっていたが、その際二人の人格を傷つけるような発言をネット上で多数見た。私もこの二人に対して全く良い感情は抱いていないが、それと誹謗中傷は少し違う。

別に誹謗中傷するなとは言わないが、インターネットを利用する私達一人一人は、ネットの恐ろしさを理解した上で行動する必要がある。

ネットでは時に何百万人という人間の負の感情が渦巻く。 考えてみてもほしいが、それだけの負のパワーが一人や二人の人間の誹謗中傷に回ったらどうなるだろうか。芸能人の中にはテレビは見ないならぬ”ネットは見ない”発言をする人も増えたが、それも十分理解できる。正直ネットという媒体は恐ろしい。

なんだかんだ言われてもテレビなどの報道では、個人情報の取り扱いなどに細心の注意を払い、放送倫理を鑑みてそれなりのチェック体制の元で公共に対して発信している。ところがネットにはそれがない。スマホでポチっ。それだけだ。

一旦、落ち着こう

ネット上で芸能人でも、政治家でも、誰に対してでもだけど。何か発言する際、その発言を自分の家族に見せられるかどうか、ワンクッションおいて考えてほしい。

社会人は感情に任せて物事を喋るのではなく、発する言葉がどういう影響を及ぼすか良く吟味した上で発言していく。それと同じ要領で、例えネット上だったとしても何か発言したり投稿する際には、ワンクッションおいて考えよう。

こうした小さな手間は、最終的には自分の身を守る事にも繋がる。ネットでの発言規制法案とか、匿名化撤廃とか、そういった強制手段が持ち出されないようにしたい。そのためにも、インターネットを利用する私達一人一人が情報リテラシーだけではなく、一般的な倫理観を持ちたい。

何も高度な倫理観が必要な話ではない。”ネットに投稿しようとしてるそれ、家族が見ても大丈夫?”たったそれだけのチェックだ。できるできる。

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