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情報漏えいの事例など、情報セキュリティ意識を高めるブログ

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ポリティカル・コレクトネスの標榜と見えにくくなる差別の瞬間

アメリカ大統領選の関係か、ポリティカル・コレクトネスという言葉を頻繁に見るようになりました。

 

差別、公平性やダイバーシティなど様々な話がありますが、誰が聞いても問題にならないように考えよう、という趣旨です。

究極のポリティカル・コレクトネスは黙っていることだ、との誤解も一部には見られます

 

この沈黙こそが、蔓延る差別や偏見の解消をより難しくしているのではないか、という懸念が存在します。

差別や偏見の書き込みがあることで、改善の余地が見つかり努力できる

Facebookなどの実名式SNSでは、時々タイムラインが「綺麗事」で埋まります。

 

この手の「誰が聞いても耳障りの良い」話し方に対して、やれ偽善だ八方美人だなんだというツッコミも起きることでしょう。

気持ちの良いものではありませんが、それは正常な反応なのです。実際に偏見や差別は存在しているのだから。

 

そのような反応があれば、偏見や差別的な感情を持っている層に対して働きかけることはできます。

数は少ないかも知れませんが、対話をきっかけに考え方を変える可能性だって0ではないでしょう。

 

彼らはオープンという意味では、素直であり、数として把握もできれば対処も比較的しやすいのです。

拡散されるPolitical Correctnessで改善の機会が失われる

SNS上でもPolitically correctが重視されるあまり自分の本音を割って話さない人が増えました。

「やぁ。その発言はPolitically incorrectだね?」と言われないよう下手なことを話さないようにする風潮があるのです。

 

こうした風潮は現実世界でも起きています。

何か一つでも"Politically incorrect"だと認識された瞬間に特定の層と面倒なことになるためです。

 

欧米諸国の一部においてはたった一つのPolitically incorrectな発言が地位・名誉を失うきっかけにも。

そうすると思っていても隠すようになりますし、「隠させられる」という本来被差別者が受けるストレスを背負うことになります。

 

この状況が進むと正直な意見が聞けなくなるだけではなく、表向きは"Politically correct"な発言をして裏では完全に逆の意見を持っている。

しかも心の中では、「弾圧されている」と思っているかも知れない。そういった人々が増えていく可能性があります。

 

面従服背の状況は非常にやっかいで、表からはその人が差別的感情や偏見を持っていない"Politically correct"な人に見えます。

そうなると対話(本当の意味で差別をなくすための努力)する機会が失われてしまうのです。

 

メディアなどの調査でも、きっと"国民はよりPolitically correct"になったんだな。と数値上は見えてしまうかもしれません。

実際は、"国民はよりPoliticsが上手くなっただけ"つまり、世渡り上手になっただけだとしても。

 

内面に差別感情をしまった以上は、ボロが出ないように表立った差別や排他的運動はしにくいもの。

その代わり、より見えにくく対処しにくいところで差別や不公平性が生まれるのです。しかも明るみに出たときのために、より巧妙な理論武装も準備して。

冷静な議論を妨げる、一方的に悪とする風潮

例えば「子供を生む機械」のように"Politically incorrect"な発言は弾圧され、閣僚なら辞任まで追い込まれることでしょう。

しかしマスコミは閣僚の更なる不祥事や抗議集会、辞任の報道はしますが、その発言について積極的に議論することを好みません。

 

"Politically incorrect"な事象は議論するまでもなく、悪という風潮があるのも一因でしょう。

 

男女の性差などについても、例えば「身体能力も違い、体の構造すら違うのに学力、業務遂行力は変わらないというのはおかしいのでは?」なんて発言しようもんなら袋叩きにあいかねません。

 

たとえ、「女性の方が勝っている」という意見を持っていたとしても口に出せないのです。性差そのものがタブーだとされることも少なくない。

 

まともに議論できないまま、その発言は悪だ悪だと追求したところで意識改革は無理です。差別的感情がより内側にもぐりこみ、より見えにくい、対策しにくい形で再発するだけです。

差別的感情は被差別者への理解不足や無知によることも多いため、本当は知識を広め、議論を深めて共有することが効果的なのです。

 

特に、知らないなんて論外だ、という"Politically correct"ぶる人々の意見は明らかに逆効果です。

 様々な分野で「そんなことも知らないの?」が一つも当てはまらない人間は存在しません。

 

"Politically incorrect"な事象に対して、感情的な意見を持ち込まず、正確な知識を広め、冷静に議論する。

そのような土壌をインターネット、従来メディア、国民一体となって作っていくことこそが、"Political correctness"への第一歩です。

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