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小池百合子知事への都議会嫌がらせに学ぶ、ネット社会の情報秘匿の難しさ

小池百合子知事、おめでとうございます。

私は小池氏には入れていませんが、あれだけの大勝で都民の支持を証明した小池百合子氏は凄いと正直に思います。

 

ところで、今ネット上でこの記事が大きな話題になっています。

 

都議会自民党のみならず、都議会の各会派(登庁セレモニーには代表者1名が参加するのが通例とのこと)が登庁セレモニー軒並み欠席し、

さらには都職員から小池百合子新知事を「孤立させる」ように強い圧力をかけられたというのです。

 

以下抜粋:

なんと、通例であれば都議会議長や各会派の代表者が参列する登庁セレモニーに
軒並み都議会議員たちが欠席し、出席したのはかがやけTokyo3人のみ

 

うわぁー
とぎかいぎいんって、しょうがくせいみたいないじめをするんですね! 

引用元:同上

 

 もちろん記事を書かれている議員の方は小池百合子氏サイドであることは理解しておくべきでしょう。

その意味では、都職員とのやり合いの方には”まだ”、”やろうと思えば”議論の余地はあるかもしれません。私はないように感じますが。

 

が、言った言ってないの水掛け論ではなくそもそも姿を現していないという事態に対しては、弁解の余地はありません。

ちなみにこれが、「出席しない」ことによるリスクでもあります。

 

その後の挨拶回りでも、こちらはテレビでも報道されていますが自民党会派は重鎮は皆欠席。

”たまたま”居たナンバー3(3位程度の情報要る?)が「たまたま居合わせたので応対した」などと自己保身に走る凄まじさ。

裏に徹底した何かを感じざるを得ません。気持ちが悪い・・・。

ネット社会に飛び交う都合の悪い話、規制はもはや無理

上記のような光景は、以前までなら簡単に揉み消せたでしょう。マスコミ各社に報道規制や圧力をかけるなりなんなりすれば、国民の広い範囲が知り得た事象にはならなかったはずです。

しかし、今やインターネットという「個人発信のツール」があります。更に、スマホやガラケーを通じて多数の国民が常にインターネットを閲覧しています。

 

もし、利害関係が一致しない個人・組織がいた場合、より力の弱い方の意見は封殺されてきたのが世の常。

それがたとえ前出のいじめのような理不尽なものであったとしても、力の弱い立場の人間はその吐き出し口がほとんどありませんでした。

 

今では、インターネットに個人ブログとして情報発信するだけで、少なくとも全世界の人間が「閲覧」することができるようになりました。

実際に大多数の人間に見てもらえるかどうかはまた別のお話ですが、この違いは大きいでしょう。

 

現に、上記音喜多駿議員の個人ブログ記事はネット上で大きな支持を集め、読者からのコメントでも都議会各会派の幼稚とも言える対応に怒りを表すコメントが殺到しています。

既存メディア各社の圧力・報道規制をかけるなどといった古いやり方ではもはや通用しなくなっています。

 

かといって、インターネットの規制を掲げ始めた瞬間日本が弱い「海外の圧力」があらゆる方面から降りかかることでしょう。

中国などの例を見れば、規制が事実上不可能なことも理解できるはず。

ネットDE真実が現実のものに

昔、「ネットDE真実」という言葉が流行りました。要するに「マスコミ各社始め既存メディアは嘘ばかり」「インターネット上の情報こそが真実だ!」などと盲目的に信じていた人を揶揄した言葉です。

 

メディアリテラシーというのは基本的に報道される情報を一度噛み砕いて、処理してその真偽性や意味などを正しく判断する技術です。

当然裏付けなどの情報にマスコミ以外がアクセスできることはないので、高度な思考が必要となります。

 

それはマスコミ各社のみならず、ネット上の情報に対しても同様のリテラシーが発揮されてしかるべきですが、ネットに対してはかなりハードルが下がる(評価基準が甘い)のがネットDE真実の特徴でした。

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ところが最近では「メディアで報道されない」センシティブな問題が、「ネットで」情報拡散されるようになってきました。

しかも発信者も地位・権威ある人であったり、裏付けや「写真」などといった証拠を伴って投稿されることも増え、その信ぴょう性は以前とは比べものになりません。

このあたりはネットユーザーのリテラシーが向上したことも一つの要因に挙げられるでしょう。

 

いずれにせよ、テレビなどでは目にすることのできない情報がネット上で発信されるようになったというのは事実であり、

そういった意味で「ネットDE真実」はもはや死語というより本来の意味を失いつつあるのでは・・・とも思ってしまいます。

 

ネットでは、隠そうとすればするほど、拡散する傾向

更に、ネット上では「隠そうと圧力をかければかけるほど、拡散する」傾向が知られています。

 

例えば削除依頼などを出したとしてそのページが消えても、今度はそのページの投稿者や賛同者などに匿名で3ページぐらいに同じ情報を書かれるのです。それも、より削除依頼が出しにくい(海外を経由した)方法で。

他にも、魚拓やインターネットアーカイブなどというサービスもあります。

 

面白いのは、特に注目されてもいなかった記事が「圧力がかけられた」ことがわかった瞬間にネット上で拡散・炎上します。

「ほらみろやっぱり圧力はかかっている!!」とか「都合の悪いことをもみ消そうとする悪い奴ら」などなど。

 

これはインターネットのテレビに対する立ち位置にもよるところがあります。インターネットはまさに全人類の「知る権利」そのものとも言えるでしょう。ある意味、聖域です。

ひと昔前ならGoogle検索に対するSEO対策だけでもなんとかなったかもしれませんが、もはや「インスタ検索してる」などといった時代、すべてのSNSにまで対策を行うことは事実上不可能です。

 

その動きがわかった瞬間に批判の対象にもなります。最近ではデジタルミレニアム著作権法の悪用事例にまでネット上の監視の目が行き届いた例があります。

 

まとめ

今後もインターネットの立ち位置は維持され続けることが予想されます。何もテレビなど既存メディアに対しての「カウンター」というより、既存メディアも内包しつつ「補完」する立場で。

 

一方で情報を全人類で共有するインターネットの根本的な仕組みに逆行するような行動をとった瞬間、インターネット上から総攻撃にあうことでしょう。

つまり隠そうとすればするほど拡散していくという特徴もそのまま維持されていくのです。

 

それは、インターネットに生涯求められていくものだと思います。

 

悪いことは、できませんね。

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