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ミニマリストは今すぐ規制すべき

ミニマリスト達がアップを始めたようです

最近巷で話題になる、ミニマリスト。時折丁寧な暮らし絡みでサードウェーブ男子などと一緒くたにされたりされなかったりして。モノで溢れる時代にモノを断ち、必要なものだけを残しすっきりとした暮らしを送るというミニマリスト達。考え自体はとても面白いし、すっきりしたいという気持ちはとても良く分かる。正直私も引越しが30分で終わるなんてうらやましいなんて思ってしまう。

 

ミニマリズムは今ネットを中心に大論争が起きていて、従来の“モノに囲まれた豊かな暮らし”という価値観と真っ向から対立しようとする“モノを極限まで減らす豊かな暮らし”が白熱したバトルを繰り広げている。パラダイムシフトとまではいかないものの、その考えは確実に広がりつつあるからだ。明確な定義は(実際には)存在しておらず、人によってその受け止め方は違う。すぐに極論を持ち出す人も居れば、“自分がミニマリストと思えばミニマリストなんだ”などと半ば投げやりとも言える意見もちらほら見られる。

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もちろん、何でもかんでも辞書に定義を載せたり論文で白黒はっきりつければ言いというものではない。人間の生き方にソフトで曖昧な定義しかなくたって良いと思うし、それは他の誰に強制される必要も筋合いもない。同じようにそれは他の誰にも強制すべきでないしする必要もない。でも、現実には自身の正当化のために“モノがある”、“モノがない”どちらも自分が正しいと主張し合う。その裏には単なる個人だけでなく、広告戦略だったり、これ以上消費が落ち込むと困る人々だったり、経済力だったり、様々な思惑が飛び交っている。

モノの流動性と代替性

モノを断つこと自体は別に良いと思う。自分が所有しているモノを整理・処理することで過去のしがらみを忘れ、付きまとうモノの呪縛から解放され心まで軽くなった気分がする。片付けができない人でも、モノがなくなれば自然と部屋が綺麗になる。部屋のゆとりは心のゆとりとも言われるように、部屋が綺麗で広々とするのは良いことだ。ベッドからふとんに変えてしまえば更にスペースは広くなる。快適だ。

 

もし、今述べたことを理由にミニマリストを標榜するならそれはとても健全だと思う。ミニマリストというよりは断捨離しただけかも知れないが結果が全て。心にゆとりができたなら幸いだ。

 

さて、問題は整理・処理の範疇を超えてモノを手放し始めた段階だ。例えばシャンプーなどを使わなくなったり、食料品・水などの備蓄や防災品、緊急時のラジオまで邪魔だからと捨て始めたら赤信号だろう。確実にミニマリストに近づいている。ここで、一度モノの特徴に関して考察してみたい。

 

モノには使用頻度代替性能という二つの観点がある。使用頻度はそのままの意味で、代替性能とは“そのモノがなくなったとして、他のモノで似たような役割を果たせるかどうか”だ。例えば飲料水などは毎日のように飲むから使用頻度は高いし、その他いくらでも水分の補給方法があるため代替性能も良い。なんなら水道水でよければライフラインが途切れるか支払いを滞納しない限りは常に入手できる。逆に、着物は一般人なら使用頻度がとても低く、代替性能はほぼない。しかも高価だ。

 

ミニマリズムを追求する上では、使用頻度が低く代替性能が高いものから優先的に処理し、使用頻度が高く代替性能が低いものほど残すべきだろう。早い話、よく使う替えの効かないものが大事ということ。

使用頻度が低く代替性能が高いモノ(一般的な範疇で)

                ・本

                ・ビデオやCDなど

                ・固定電話

                ・パソコン(家庭のネットサーフィン用)

使用頻度が高く代替性能が低いモノ(一般的な範疇で)

                ・スマホ

                ・寝具

                ・鍵や公的書類

                ・お金

さて、指標があるならなぜここまでミニマリストに多様性が出るのか。それは、その指標のうち一つがとても主観的なものであり、社会がコントロールしようとしているものでもあるからだ。センシティブな話なんだろう、きっと。

 

代替性能については誰が評価してもそれなりに似る、つまりは客観的な評価を下しやすいだろう。ビジネスでの服装はスーツがメインでジーンズで置き換えるわけにはいかないけど、コーラなんかは諦めてペプシ飲めばいいでしょ?あ、新たな論争を巻き起こしそうな感じだからこのぐらいにしておこう。

 

しかし、使用頻度は本当に千差万別だ。人の数だけ使うモノも、使う頻度も違う。日用品と呼ばれる共通レンジ内のモノもあるけど、これは別に自宅にストックするかしないかだけの話だからそんなに論争を呼ばない。問題は日用品以外のものだ。

 

例えば、普通の本は1回、どんなに感動しても10回も読み直さないだろう。他に面白い本もあるだろうし、なんなら電子書籍でもいい。使用頻度が低い割に代替性能は高いように思える。得てしてミニマリストの格好の餌食となるのがもう読みもしないであろう本をぎっしり詰めた本棚だ。“インテリぶって邪魔なモンを溜めてる”とでも言われた日には全国の書斎を持つお父さんが激怒するだろう。

 

CDDVDなどもよく突っ込まれる。「パソコンに保存すればいいじゃん」「iPodでおk」などなどハードな保存は次代遅れと言わんばかりにミニマリスト達は指摘していく。ミニマリスト達は曲やビデオをいつでもすばやく再生できることに価値を見出しているが、CDなどを溜め込む人達はコレクションすることにも価値を見出しているのだろう。コレクションとして眺めるという使用頻度がとても高く、それは.mp3では代替できない。

なぜ、ミニマリスト?

そもそも人はなぜミニマリストになるのだろうか。私が考えられる中で比較的それらしい理由のは以下の3点。

                ・現状に不満があり、自分の暮らしを一度リセットしたい

                ・大量生産大量消費とそれを推奨する社会(会社)に嫌気が差した。

                ・節約したい

リライトしてー

現状に不満を持っていればいるほど、リセット願望は強くなる。その不満を乗り越え、自分の生活をパッチワーク的に向上させるのは大変だ。どこかに落ちがあるかもしれない。しかしリセットなら簡単だ。自分が納得していないものを全て処理、邪魔だと思うものを全て破棄。自分の必要なものだけで周りを固めてしまえば無駄がない。無駄がないのは完璧だ。安心できる。

しかし、人生はリセットできるわけではない。今まで積み上げてきたものは重くのしかかる。別人になることはできない。自分が自身の人生設計に不満を持っていたとしたら、部屋を殺風景にすることで救われはしないだろう。それは一つ一つ改善に取り組んでいくしかない。

ミニマリスト達は現状打破のための手段をミニマリズムに見出しているとも考えられる。

 大量消費に態度で勝利

大量生産や大量消費社会は、私も少しウンザリしている。一度街に出れば広告がずらっと並び、購買意欲を高めることに死力を尽くしている。ありとあらゆるものに対して本来はるかに長いはずの製品寿命は“トレンド”や“新しい技術”という魔法の言葉によって超短命になる。そうして企業はとてつもないペースで商品を出し続け、消費者はそれらに半ば誘導される形で購入を迫られていく。

 

このような現状に嫌気とまでいかないにしろ何らかの拒否反応を示し、スタンダードなもの、長く使えるもの、汎用性が高いものに目が向くようになる。そうするとそれらと比較して使用頻度や汎用性に劣る品を手放し始め、最後には無駄のないモノに囲まれていくというのが自然なミニマリズムだと思える。

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節約したいのさ

節約のためにミニマリズムに走るというのは、動機としては理解できる。その場合ミニマリストは極限まで自分の身の回りを片付けるというよりは、不要なものを売却・処分し長く使える良質なものを数点持つようにし、新たなにモノを買うのを控えるという行動に出るだろう。それ自体は面白くはないかも知れないが、とても堅実だ。

しかし、ミニマリズムは必ずしも安上がりではない。汎用性が高く耐久性も高いモノというものは得てして上質なものであり、お金がかかるためだ。特に今までそうしたスタンダードで良質な製品を買っていなかった場合は、溜まった質の低いモノを一度破棄し、それなりのお金をかけて質の高いモノを買いなおす必要が出てくる。案外、買い換えるだけでも厳しいものだったり。

 

で、結局ミニマリズムって?

長々と適当なことを書いたけど結局何が言いたかったっていうと大事にしていた某人気ガールズバンドのCD親に捨てられた。勘弁してくれ。ミニマリストの手先め。ちなみにこれ。神曲。あとドラムの子かわいい。

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